Tuesday, March 3, 2020

Book

●写真集刊行のお知らせ

新作写真集 『MOSQUITO PAPER』を制作しました。刊行シリーズSanSanStudio11冊目。

SanSanStudio Stores ではご注文を承っております。 ご覧いただけましたら幸いです。








『MOSQUITO PAPER』

発端は、昨年春から取りかかっていたインドのオールドデリーで撮影した断片がなんとなく写真集として全体像が見えてきた昨夏の終り、「写真」とはまったく関係のない場所で生活する故郷の母が倒れました。

私はそれから、看病、見舞いに右往左往する中、いまこのタイミング「インドじゃないぞ、ニシナリだ」と直感で急遽方向転換しました。 ジワジワと重篤な病気の母を安易に受け入れ難く心の整理もつかないまま、いま自分のいる場所、暮らす街を本にして、一瞬でもいいから最後見て欲しかったのです。

大阪の西成で暮らしはじめて五年目、いまもわからないまま続いていく写真への旅、日々を写して残ったいくつかのフィルムの膜にポツッと一点穴が開いたような感じがしました。 時間、場所、感情、匂い、すべてを混ぜ、感覚の赴くまま、いまを束にしてみたい、そこに思索なんていらない、この本は私の欲で衝動でいいと、思いました。


残念ながら晩秋この世を去った母に見て貰うことは、叶わなかったけど、いまも誰にも何も頼まれないのに「つくること」、次の作業に思いを巡らせている私に、きっとあきれているでしょう。2年ぶり通算11作目の写真集は、大阪・西成区の生活と密着する風景の断片からセレクションして、時間軸上に並べることでしか見えてこない流れを編んだ写真集です。 

Monday, March 2, 2020

The Works of Kento Morikawa-11,Osaka/Nishinari

 ●写真集情報

 


眼を動かす動作と一緒に浮かび、壁を見ている時や空や天井を見上げた時にも自覚する。
昭和50年代、地元広島の流川界隈で幼少期を過ごした、あの頃からどこへ行っても視線を動かすと、蚊みたいな糸くずみたいな形が視界内で追いかけてきた。
 
往時、流川界隈の薬研堀通り沿いに在ったキャバレー「ロンドン」の正面から向かって右に精肉店、生花店、文房具店、飲食店…と立ち並ぶ一角の生花店の上で小学3年生まで家族と暮らしていた。今も辛うじて残る流川通り沿いの生花店が嘗ての祖父母宅で、隣筋、薬研堀通りの実家跡ともども現在は飲食店や風俗店の無料案内所に代変わりした。しばらくはこの周辺にあったいくつかの見慣れた建物も、いつの間にか沢山のコインパーキングやコンビニになっている。馴染みの銭湯「あずま温泉」はもうだいぶ前にクラブ(踊るほう)に様変わりした。
 
振り返って思えば、朝玄関のシャッターを開けると目の前で横たわるおじさん、ふらつく酔っぱらい、道端の嘔吐物を避けながら登校する通学路、ゴミ収集車の清掃員の作業服、下校途中に寄り道しながら迷い込む謎のトイレ、夕方ひとりで行く「あずま温泉」の湯船の中から眺めた大人の姿、水前寺清子のポスターと広島カープのカレンダー、スタンドから漏れるカラオケの騒音、キャバレー「ロンドン」の呼び込みと客のせめぎ合い、その隣「エモリ化粧品店」のバックヤード、裏にはトルコ街の派手な看板と暗い路地、赤レンガの「新天地公園」はブルーシート・ダンボールハウス、コンビ二「ポプラ」の長老(ホームレス)、万引きしたスーパー「イズミ」のビニール袋、中学生に恐喝された雑居ビル、怖いものに引き寄せられ、それがおもしろさへと転じた、相反する感情、一生懸命走って夢中で遊んだ遠い記憶、その時見ていた光景はいまだ自分の中におぼろげに貼り付いる。
 
それらは、現在暮らす大阪の街をふらっと歩きながら写す時、そこで何かを見た拍子にゆっくりと反応し始め、記憶に繋がっていくような、そんな、当時経験した地元の感覚や、すっかり忘れてしまった夢みたいな一瞬、すでに記憶からすっ飛んでしまっているディテイルが蘇ってくるような感じがする。もちろんそれは、自分が生まれた広島の流川界隈の規模から何からまるで違う、むしろ似ても似つかわない程の雰囲気だけど、自分の記憶の中だけの相似が、これからも歩く写真の撮影地としては、何か打ってつけで必要なひとつの場所になった。
 
大阪・西成の旅もすっかり日常になって4年が経つ。毎日路上で何気なく出会う質感や匂い、重さみたいな何かが、日々の中の感覚的な断片や糸口のようなものと混ざって、好き嫌いを超えたところで、簡単に素通りできない光景や、感情と矛盾するような行為へと駆り立てられるのは、往時の空気感や匂い、たたずまいが無意識(意識的)に蘇って、勝手に置き換え、重ねて見たい欲望が、僕にとっての写真なのかもしれない、と時々こんなことを思う。
そして突然何かを落としたような気持になり、どこかでいつの間にか変化していったことを意識する。その地点を確認するためにもう一度スタート付近に戻ろうとするが、二度と引き換えせないことに気づく。
 
 
気にしなければ気にならないし、気になりだすと気が気でない、細くうごめく点のような先、奇妙でせわしなく動く蚊の足みたいな薄い影は、今も僕の眼の中で動き回っている。(「あとがき」より) 

Thursday, February 27, 2020

......Kishinosato,Nishinari-ku



くもり(時々雨)さむい

10時に西中島南方の初めていく仕事場へ。

帰途、近所の24時間年中無休食堂「わらじや」でカレーライス。



Wednesday, February 26, 2020

......Hiroshima

 
 
一昨日、昨日と ひろしま。 この部屋も2月いっぱいで解約退去。
 
ちょうど2年前の2月「ここ」へ越してきた母は入院するまでの一年半を殆ど外出することもなく、このワンルームでひとり一日中ぼんやりと過ごしていた姿が浮かんで、消えて、
 
なかなか遺品の整理がもったいなくて思い切れない、掃除が進まない、結局キャリーバック3つパンパンに詰めて、フラフラになりながら大阪に戻る。

Friday, February 21, 2020

......Shinsaibashi,Osaka



夕方からバイトのミーティング。パンを食べながら心斎橋に向かう。

社員の人は、社外秘と印刷されたマニュアル(冊子)を使っていかに効率よく美しく見せれるかについて話しをされていた。

帰りに、こないだ横尾美術館で買った『アホになる修行』を読んで過ごす。もう十分アホなので、アホになる方法は教えてもらうまでもないけど、頁をめくる手が止まりません、

Sunday, February 16, 2020

......Sikaku-koen,Nishinari-ku


先日、『アサヒカメラ』今月号の特集「自分で写真集をつくって売る」を見ていたら、ストリートスナップ界のスター選手(私にとって)の小さな写真集記事発見。

インターネット上で、だめ元探してみたらまだ買えるようなので即購入。本日ふたつの津田明人著『CHICAGO 1994』、『you in me』が届き早速頁をめくって、思わず胸が熱くなる。

Saturday, February 15, 2020

......Oji Zoo,Kobe

 
 

神戸の王子動物園に誘わせていく。
 
人気者のパンダ、大切そうなコアラ、
 
広場で暇そうな羊の群に、インドの路上を想う、

Wednesday, February 12, 2020

『South China Morning Lu』 The Works of Guangdong



巷では新型コロナが日に日に過熱報道されはじめた春節(旧正月)初日、香港からマスク装着、アルコールパワフル除菌ウルトラティシュ持参で、地下鉄を乗り継ぎイミグレーションを通過し、半年ぶりに中国本土へ到着。

前知識がない街をブラブラしている途中、歩道が広くて步きにくい高層ビルが立ち並ぶ表通りを歩いていると突然現れた、隙間と奥行きの空間。裏側の雰囲気。たぶん再開発とかで数年後にはなくなってしまう可能性があるかもと、覗き見したくなる。無駄に何かを見いだそうとする、よろこびや楽しみ……

大阪の暗室に戻り早速現像してみる。今回もフィルム上に写って残った画像をパソコンで眺めながら、さっぱりわからない。なんなんだろう。

わからないから又わからない写真同士をつなぐことが浮かぶ。 継続することでしか見えてこない何かはあるのか。今のところはっきりしていることは(ような気がする)、実用性のなさは首尾一貫していること。それと、やりかけのしないではいられないこと(旅)。そして、わかるとかわからないとか実はどうでもいいこと。

そんな意識する意図や目的も把握できないまま「続いていってしまうこと」に魅かれているのかもしれない。あっ、あと、うがい、手洗い、アルコール消毒、それも大事(らしい)。

Photographs From Guandong #2 (contact) TRI-X






 




Photographs From Guandong #1 (contact) TRI-X

 










Sunday, February 9, 2020

......Nishinari-ku,Osaka



今年も行ってきました、近所の区民センターのライブ。

ラップは基本レコードで聴くのが好いけど、あのラッパーは別格。

エンディングは今年も水前寺の「あしたのあしたは またあした...」 あぁ、清々しい、

Tuesday, February 4, 2020

『KONG FUSION』 The Works of Hong Kong



 過日、九龍半島の観塘の駅前を歩いている時、デモの群衆にぶつかった。目の前を流れ去る元気な黒シャツ集団を眺めながら、私には眩し過ぎて疎外感を感じる。それ以来静かな路上を休み休み遠くまで歩いた。

地ベタで揺れながらしゃべり続ける欧米カップル、暇そうな屋台の看板と壁の落書き、うつろな目の中華系おじさんを眺めては、そちらの方にシンパシーを感じないわけにはいかない…そして、またぼんやり思う、「これって、誰も見てない所で、写してるだなぁ…」

押しつけられるものでなく、他人との比較でもない、自分の好きなこと、楽しいことを続けるってなんだろうか……いや続けようとするんじゃなくて、続いていってしまうことってなんだろうか。

今の自分のいる場所とその裏側、もうひとつの場所のことを想像しながら、また地下鉄を乗り継ぎ乗り継ぎして、中国大陸に向かった。

Photographs From Hong Koug #2 (contact) TRI-X




 



 


Photographs From Hong Koug #1 (contact) TRI-X