Translate

Showing posts with label Hiroshima. Show all posts
Showing posts with label Hiroshima. Show all posts

Wednesday, November 19, 2025

......Hiroshima



今年も十一月十七日、十八日は広島。母(尾道生まれ、広島育ち)命日の墓参り。今回の帰省も梅田から高速バスで広島駅着、駅の花屋さんで赤と黄の花を買ったら、広電(チンチン電車)に乗っかって比治山下で下車。

ゆっくり放射線研究所付近まで登って墓地到着。広い敷地の隅っこに在るお墓の左右の花立には、既に真っ白なトルコキキョウが盛り盛り飾ってありました。そこに赤と黄も加えて合掌。

毎回お墓を後に丘を降りながら感じる清々しさ、わたしにとって先祖の供養もさる事ながら、基本どの宗教にも帰依してない日常の暮らしで、今の自分自身を見つめ直すことにもなる、他にない不思議な時間です。あとこの比治山という小高い丘を歩くことが何よりも心地よいのです。

翌朝は広島駅で「むすびのむさし」のお弁当を買って、安芸路ライナーで広駅まで行き、在来線で吉名駅へ。この日は途中、安浦から風早の車窓からの海が特にきれいでした。今夏、田舎の小舎の敷地であれだけ繁茂した草木は、先日シルバー人材センターの方が来てくれて、すっかりスッキリしてました。

Saturday, August 23, 2025

......Takehara, Hiroshima




帰省。月曜から二泊三日で広島と竹原に行って帰ってきました。

今年は一寸遅いお盆の墓参りをJRバス+広電(チンチン電車)…郷里広島では新しく駅構内から路面電車が出発するようになり、比治山下電停で降りて小高い丘(比治山)を登り放射線研究所の前の墓地に到着。汗だくで墓参りと墓掃除の後、気分爽快。付近の現代美術館とまんが図書館を移動してのんびり涼みました。

翌日は午前九時過ぎに宿を出て、広島駅から芸陽バス(かぐや姫号)+在来線(竹原〜吉名)で田舎の小舎(空家)の空気の入れ替えに向かいました。敷地内に植えた草木が(雑草も)驚く程スクスク伸び放題、 ここでも墓参り(猫のミーミ)をして気分爽快。

大阪への帰り道の吉名駅〜三原駅間の在来線の車窓からは海がよく見えます。この日は忠海から安芸幸崎間がとくにきれいでした。猛暑、この旅は暑さに負けてか?軟弱なわたしは思うように歩けませんでした。ちょこまか途中下車したい欲とひとつの場所にじっくりいたい欲は両立しません。

Tuesday, December 31, 2024

......2024

 



火曜、大晦日。クリスマス以降は北浜のFOLK old book storeで開催されていたスーパーハイパースぺイシーのともさんCAPをプレゼントでもらい、その後は忘年会や飲み会とかはいっさいお誘いがありませんので、まあ暇、暇でもないんですが、のんびり年末を過ごしています。

ふと、一月から順番に今年の記憶をふり返ってみても、ざっくり云えばやや迷走気味で、健康状態は割と良く充電の年だったと前向きに考えることにします。最近は、無理せず怪我せず疲れを溜めず、手の届きそうにない欲求はあきらめ、静かに暮したいと、若い頃にはこんな平穏を望む人間になるとは思っていませんでした。

今、望むことは単純に普通に暮らしていくこと、自分ができる仕事を続けて生きていくこと、以外は望んでないです。あと好きな外国の路上に一寸行けて、歩いて撮れたらいいなと思うくらいで、いつもそんな気持ちには変わりありません。

結局それしかできないから、いつかどこかで偶々でも自分の作品を観てくれる人がいたら、なるべく好きに観てくれるように(メッセージはない)、本人の意図から離れれば離れるほど面白くなっていくように、同じようなことを淡々と積み重ねていきたいです。

2024年ありがとうございました。よいお年を。 

森川健人

Tuesday, November 19, 2024

......Takehara,Hiroshima





日曜朝十時半、梅田からJRバスで五時間半、広島駅に向かい駅中の花屋でお供え花を買ってチンチン電車に乗って比治山へ。

あれからあっと云う間に五年が経ち、気づけばお盆と命日のこの時期はいつも墓参り。気持ちも落ち着きスッキリします。翌朝、広島で撮影をして昼からかぐや姫号と呉線に乗り継ぎ田舎の小さな古い駅へ。そこから一寸歩いて誰も居なくなった小舎の空気の入れ替えに行く、も誰に頼まれた訳でもなく、好きで続いています。


同じく、つい最近のような昔。暗室で印画紙を焼くのに、中々いい感じになりませんでした。1997年か98年くらいから20年は続いてきたこう云う作業が実は向いてなかったのかと、遅ればせながら軽く病みました。それで少し前「よし、じゃあこれ、やめよう」と、最終的にはインクジェットにして、精神的にも(経済的にも)負担が少ない方法に変えてみました。

だけどインクジェットでプリントした写真は滑らかで表面的な感じがして、もっとゴツゴツした物質感が欲しくなります。撮影自体はずっと変わらずフィルムで、写真の撮り方も相変わらずファインダーをよく見て撮っているのではなく、出会った瞬間いきなりシャッターを1コマ何度も重ねて押すような撮り方です。スキャンするフィルムは暗室作業の際に水を通って、現像ミス的なものの上に乗っかる粒子とスレやキズや汚れ、水滴まで意識的に残すようになりました。

より物質的に写真に接触するよう、手垢のついた複数のフィルムは、幻影でなく具体的でリアルな実物感を強調することで、かえって抽象度が高まっていくような感じがしています。抽象と具象の逆転した見え方や、考え方に興味を持つようになりました。フィルムを使って記録したイメージとそれを妨げる要素としてのノイズは、一見具体的っぽくも抽象的な要素がある、こんな不思議なバランスがおもしろくて続いています。

Monday, August 12, 2024

......Nagarekawa,Hiroshima

 



水曜朝、大阪駅JR高速バスターミナル。夕方広島駅到着。駅中の花屋で青と赤のバラのドライフラワーを買って、チンチン電車で比治山へ。今夏も一寸早いお盆の墓参り。比治山を散歩しながら街路樹で鳴くカラスを見ると何となく懐かしさがこみ上げてきました。

木、金曜と連日猛暑日、湿度も高い。自分は寒さに弱く、暑いのも弱いと思っていたけど、今年の夏は一寸元気かなと感じます。かねてより計画した地元流川界隈の撮影の続きも続けました。写真を撮るのも散歩するのも楽しい時もあれば、そうでもない時も、低迷しているなあとしみじみ思う時もあるけど、でもたぶん続けることに意味があるのだと。続けていくことがエラいとはちっとも思わないけど、続けていないと味わえない「まぐれ」みたいなのは多いです。飽きないように燃え尽きないように、だらだらぼちぼち歩きます。

月曜(振替休日)、高校野球。甲子園「ありがとう21」は二年連続初戦勝利!いい投手戦でした。昨今の高校野球にはクーリングタイムと云うのがあるけど、寒暖差疲労は大丈夫なのかしら。三十六歳の時、高校球児(三年生)の二倍の年になったのかと思ったけど、あと五年で、三倍。集中して野球を見ているだけで疲れてしまいます。夕方、ブローニーフィルム現像18本。


Sunday, February 4, 2024

......Takehara, Hiroshima

 


先週、竹原市の吉名駅に広島駅からでなく三原駅経由で行きました。大阪から広島に寄らず竹原に向かうのなら新幹線で三原まで行ってそのまま乗り継ぎ、電車にゆられながら行く方が早いことをはじめて知りました。こうした地理感覚の混乱みたいなことは、府内の移動にもよくあります。思いこみというのは気づきにくいものだなあ…と。

ふだんなるべく身軽で気軽に生きたいという欲求が強くても、時々向かってしまう、なんとも思い入れのある(ような)場所があります。そこには白い小舎とグレーのプレハブと錆びたビニールハウスが在ります。2006年秋東京から住民票を移して2008年まで3年間をひとりで暮した思い出の地で、その後も大阪に越すまでは毎週木曜に広島市内から車で通っていました。

そこのプレハブとビニールハウスでの、間に合わせ仕事、やっつけ仕事、在るものでつくった「カクカクシカジカ」を、そろそろ20年近く経つので発掘するような気分で、ついでに頭の中も整理してきました。こっちに何かを主張してきたり、想像力をかき立てるものではないけど、ただそこに在り続けた「カタチ」が“今”の制作衝動を刺激してきます。

なんだか沢山の線が折り重なって騒然としている「ラクガキ」、無愛想に見える「カタマリ」、ほったらかしの光景に、否でも応でも自分自身がこの20年で変わってきたことと変わらない(変われない)未熟さも同時に痛感させられます。そして今も昔もやっぱりPICTURE、これからも出来るだけ頭を空っぽにして続いていきたいところです。

Sunday, November 19, 2023

......Yoshina station, Takehara

 



こちらの空もよい感じでグラデーションする季節になりました。今年も11月17日と11月18日はひろしま。高速バスの車窓から景色をチェック。こうして一年に何度か墓参りに会いに行けることで気分もすっきりします。

翌日、日帰りで竹原へ。行きはかぐや姫号(広島→竹原)+呉線でのんびり移動するのが楽しいです。帰省(旅行)中は一日二万歩くらい、休憩多めに歩くようにしています。足の裏全体に体重を分散するように、一寸内股気味(?)のニューバランスを意識して快適、そんなに疲れません。あとはいつも通り福屋広島駅前店の「ちから」で中華そばも食べました。

十年一日と云うか、毎度同じ店の同じメニューを注文しています。前に読んだ本でこうした傾向の人間は対人関係が苦手な人が多いと書いてありました。食べ物だけでなく、年中同じような服装の人もそうらしいです。人生は選択の連続だから、何でもかんでも選んでいたら、それだけでくたびれます。来年はもう一寸(ちょっと)ひろしまを歩きたいです。


Tuesday, August 8, 2023

......Hiroshima

 


日曜日(8/6)、今年も8時15分大阪にて黙祷。西の空に向かって平和の祈りをお願いします。

昼からお盆も近いので、今年はすこし早めに予定したお墓参りに帰省しました。馴染みの広島駅前の百貨店地下に在る花屋は休業していて残念でしたが、無事お墓参り、掃除一寸終え、清々しい気分で緑たっぷり比治山の小高い丘を歩いて下っていました。すると「あれ?なにかついて来る、気配が、、、」パッと振り返ると「なんだカラスか、、、」と思って歩き出すと、目の前を横切ったり、頭上や後ろをピョンピョンついてきます。「、、、なんで?」こんな経験なかなかありません。なにかものを言いたげな、まるで「遊んでくれ」「話ししようよ」と云ってついてきているようでした。

Sunday, July 30, 2023

......Nishinari,Osaka


土曜日、日中の最高気温三十七度(大阪・西成)、体感はもっと高い午後二時、夏は五年ぶりのバンザイ!うれしくて散歩しようと思ったけど、即引き返しました。普段、我を忘れるくらい夢中になってはじめて面白さが味わえることは分かっていても、日常生活でそういう状態になれることは中々少ないのです。

わたしの場合、集団行動をするのが昔から苦手ですが、集団の中にいる個々の人間の長所や短所を見ているのは大好物です。子供の頃から集団の中に溶け込みきれないから、なんとか溶け込もうとするのではなくて、ちゃんと距離を保ち、観察(人間ウォッチング)したり、ただただ傍観していることを「おもしろい」「たのしい」と思い込むことが得意でした。それを見ている他の人(大人)がどう思おうと気にせず、たとえ一文の価値がなくても、それも関係ありません。

今年の夏も感情移入して、ひとつのアウト、ひとつのヒットの行方だけでなく、選手の、先生(監督)の、チームの表情や、応援団、ブラスバンド、、、数字には表れないけど、いろいろな価値が存在するように見ています。スローガン「一人一役全員主役」の夏は五年ぶり二十四度目の甲子園へ、そして今年は春夏連続でうれしくて、陽が傾いた夕方から大阪西成を歩きながらいろいろな人に話しかけました、もちろん心の中で。「ありがとう21」

Sunday, November 20, 2022

......Yagenbori,Hiroshima




十七日の木曜と十八日、ひろしま。

もう…三年です。二人でお墓参りに行ってきました。あれから家族の中でもいろいろあったので長いようでもあり、あっと云う間でもありました。

いまだ「ケント~!」って、あの独特な声で母が現れるような妄想をしています。

Saturday, August 13, 2022

……Nagarekawa Hiroshima

 


火曜日、ひろしま。

朝から暑くて溶けそうな地元ネオン街、流川(Nagarekawa)の路上に立って、いろんな妄想のなか歩いていると、アスファルト路面がドロッと溶け出す光景が浮かびます。

記憶の底の薬研掘通りの生家につながってゆくような気分で、連れ戻されそうな思いにもなります。だけど、それは良き時代だったとか、懐かしいなんてことでは全くなくて、「いま」見る自分自体が、ふとその光景に紛れ込んでしまったかのような感覚です。一瞬にしてあの時代の記憶がよみがえり、ひとつの風景を見ている気がしません……つづく。

......Hiroshima

 


月曜日、ひろしま。すこし早いお盆のお墓参りに帰省。

熱中症日和の夕刻、墓地の帰途、比治山の坂を下りながら、ふと徘徊と地元の街頭が頭に浮かんで、ドキッとするテーマを思い出しました。

忘れかけていた長年の計画を、この機会に少しずつゆっくり、気になる場所、無くなってゆくものを撮って貼ってみようと…

Saturday, August 6, 2022

......Nishinari,Osaka



おはようございます。今日も暑くなりそうですが、いつもより少し早起きして1分間黙祷。

広島への原爆投下から77年。3日後は長崎もです。 No more Hiroshima,No more Nagasaki と思う朝。

Sunday, April 10, 2022

......Yoshina,Takehara-shi

 


あっと云う間に四ヵ月近く経ち、その間ずーと気になった場所をのぞきに行きました。

晩年の鉄人祖父が住んでいた竹原の小舎。部屋の重たい空気を入れ替えながら、 溜まった郵便物に目を通し、もう住人が居なくなった土地がすこしずつ変わってゆくのがわかります。

この先、急ぐ旅ではないので適当に乗って気が向いたところで降りて、そこから歩けばいいけど、行き先がわからない列車に乗るのは不安で…たぶん慣れでしょうか、

Sunday, December 19, 2021

......Takehara,Hiroshima

 


    12月19日午前5時40分過ぎ、母方の祖父が他界。103歳の大往生。

祖父は10代で職業軍人となり主に中国や東南アジアや北朝鮮に渡り、終戦後30歳前後で広島県の刑事となりました。 しかし自分にとって祖父といえば、やっぱり警察を定年退職後に始めたマラソンランナー(市民ランナー)として達者業に就くシルエット。

アメリカのボストンやハワイのホノルル、そして全国各地のレースに沢山参加していた頃のイメージが強く、蛍光色のジャージとゼッケン付きタンクトップ、ぴたぴたの短パンにニューバランスを履くランナー姿は今も強く記憶に残ります。

70歳を越えたあたりから「走る」だけでは物足りず、家族の心配をよそにトライアスロンのレースにも挑戦する名実ともに鉄人じいさんで 、自分のように人生の浅い水面をプカプカ浮いてきただけなのに、それでも人並みにつかれきった中年の顔をした孫からしたら、ひたすら眩しい存在でした。

先週は鉄人が余生を老猫と暮した、田舎の小舎の大きな仏壇の前で、ひと晩だけ寝袋に包まり目をつぶって横になりました…「あちらの世界でもますます元気で、健康で、日々達者業をお過ごしください」お祈りしています。

Thursday, November 18, 2021

......Hiroshima

 



ひろしま。 母の命日、墓参り。

あれからの日々、あり過ぎるくらい色々あったので、だいぶ経ったように感じる......

今の自分のいる場所、暮らす場所以外のもうひとつの場所、視点に思い巡らせた、そんな2年。

Friday, October 15, 2021

......Hiroshima


 ひろしま。十月半ばなのに暑い。というか、生暖かい。すこしずつ衣替えをしているけど、夏用のシャツばかり着ている。

比治山と竹原のお墓参り(墓掃除)に行く。お盆お彼岸は緊急事態宣言で帰省できなかった。

帰途、呉線の車中、清々しい気分で想う…一見まったく変わっていないように見えても、実はちょっとずつ絶えず変化していたような、白黒付けず置いておくのは、変化していくことを信じ期待していたことか、とか、

Friday, August 6, 2021

......Hiroshima

 


ひろしま、76回目の8月6日。

Saturday, July 10, 2021

......Hiroshima


 

ひろしま、ようやく明日から高齢者施設で家族との面会が再開する。

「言い切れ」ってよく言われる。言い切らないと、相手に伝わらないからって。

でも、答えが何個もあること、受け取り手によって答えが変わること、勘違いや思い違いをするからこそ、いろいろ膨らんでゆくことも。 まじめに考えると「……だと思う」、「……かもしれない」、「……気がする」、とかになる。

いい加減なものやくだらないものが好きな人が許される世の中は理想的だけど、何事もうやむやのどっちつかずになりやすかったり、 どんどん脱線して大変になるのは当たり前か。

だけどなんでもかんでもハッキリさせないといけなければ、やっぱり話しづらくなる。写真の撮影とかと同じで、 とにかく正解がわからないでいい。

Tuesday, June 29, 2021

......Hiroshima

 


日曜日、今週も広島へとんぼ返り。

幼少期に見ていた景色や経験がずっと写真制作の背景にあったりする。特に10歳くらいまで暮らしていた広島・流川界隈の日常が、いまだにふと蘇る。時間の経過とともに、そこには「今のすべて」が凝縮されていたと感じる。

写真をはじめた時は出来なかったり、わからなかったことが、いつの間にか出来るようになる、一つのことが出来るようになると、二つ三つ出来ないことが増えていく。

で、また基本からやり直す、みたいなことの末にしかわからないことがオモシロいのか?あと、初心者っていわれる時期にどれだけ訳が分からないまま、のめり込んだかが、後々効いてくる気もする。