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Saturday, July 25, 2026
......Kyoto
Sunday, July 12, 2026
......Kyoto/Tsuruhashi
関西も梅雨明けが発表された水曜。またじわっと暑くなってきた夕方、梅田から阪急電車に乗って四条大宮に到着。継いで市バスに乗って千本中立売で下車。Googleマップでだいたいの目星をつけていた加賀屋町の路地を発見。まったくイメージとは違った香ばしい現場に胸熱、でサッと撮影。
そこから近い歩道の上にグリーンのアーケードがひたすら掛かった北野商店街をぐるり一周歩きつつ、途中「スーパーメッセ」近くの小さなパン屋でフワフワ米粉食パン一斤買い、一寸気になるレコ屋、大分気になるラーメン屋に遭遇。そのまま西へずっと歩くと「伴奏珈琲店」につながっている、場所でした。
珈琲一服の後、すっかり暗くなって雰囲気出てきた西陣京極を抜けると、再び加賀屋小路(夜はまた違った気配)、堀川通りまでトボトボ夜道を散歩。元真如堂町あたりで、ふと思うことそれ自体にあまり意味はなくても、意味や目的が定まらない写真制作。種をまかずに畑を耕し続けている気分、行き当たりばったり、バラバラに散らばった点をどうにかつなげていきたいです。自分にしかわからない?謎のカタチになりそうな予感だけはします。今出川駅から地下鉄、JRに乗り継ぎ帰途に。
十一日(土)、湿度が高い昼すぎ、腹ペコで久方ぶりに鶴橋へ。御幸通(コリアタウン)「食道 山田商店」で釜山料理ナッコプセとホルモン丼。食後「クリックアンドクラック」の入ってすぐ窓際席で珈琲一杯。締めは、近鉄鶴橋駅近「マンギョン食堂」店横裏道席でチーズホットク。
広島から仕事部屋を引き払い大阪に来て十年以上が経ちました。当初は五年くらいはいることになるのだろうかと思っていたけど、気づけば十年。今のわたしは欲しいものが殆どありません。それより何よりのんびり過ごして、仕事に関係あるないに関わらず、天気のいい日にふらっと歩きに行きたいです。ものよりも時間、時間さえあれば、足りない何かは補える感じで、平穏無事な日々の繰り返し...
Wednesday, July 8, 2026
......From my room,Nishinari
Sunday, June 28, 2026
......Kyoto
Saturday, June 20, 2026
......Sakyo-ku,Kyoto
水曜晴天、今週も左京区散歩。出町柳駅から北東に向かって高野川の遊歩道(砂利道)を歩いて東鞍馬山通、はじめての「左京図書館」。こじんまりした棚に中上健次『南回帰船』発見。懐かしくて反射的にカウンターに持っていきそうになって断念、カード持ってません。
すぐ側「大力餅」でいただいた親子丼、出汁がきいて美味い。田中西浦町周辺、東鞍馬通を直進、疏水沿いでクチナシの花の香りが路上の空気を甘くし...ひたすら銀閣寺方面へ向かって撮影。一寸づつ飽きたところで、また疏水沿いUターン高原橋(疏水分線)まで戻ってきたら、白川通「ライフ」で涼み休憩。
継いで「生鮮館なかむら」、「フレスコ」併せてウィンドウショッピング。なんか京都歩いていると「この」スーパーマーケットたち頻繁に出会います。続いてインパクト強め「喫茶ミュー」発見。ランダムに貼られた沢山の逆さ習字文字がかなり惹かれます、がこの時入店勇気なし、また白川通りUターン。
やっとメインの「バックス画材」到着。色んな出力用紙、IJ用写真用紙/厚紙用紙、和紙、木製パネル、など見ながら、それぞれイメージが降りかかり頭の中に浮かぶアイデア、捉え方は現実に変換できるのかは謎。いつ使うかわからないような高級なものより、高級じゃないけど毎日気軽に触れてリーズナブルなほうが、習慣化できるかな、とか迷走しつつ取りあえずサンドイレイザーだけ。
夕方、住宅街で得意の方向音痴感覚発動。東大路通り、「イズミヤショッピングセンター」で一服、「洛北阪急スクエア」で珈琲。再び高野川遊歩道の帰り道、出町までを気持ちよく歩いて、京阪の始発から終電まで乗っかって大阪に帰りました。
この日トータル四時間くらい歩きました。靴底が平らなアディダスのムンディアル"ゴール"だと疲れません。同じムンディアルでも靴底にポイント(ポコポコ)のある"チーム"だと一時間も歩かないうちに足が怠くなってました。疲労感がまったくちがうけど、靴のせいなのか、天候のせいなのか。
Thursday, June 11, 2026
......Osaka/Kyoto
気付いたら大阪も梅雨入り。数週間前は急に暖かくなっていたせいか、夏バテ気味で、軽い目眩立ちくらみが続いていました。五月末に予定した台湾撮影(二週間程)も泣く泣く延期に。もう大分治ったけど、今は様子見といったところです。
六月十日(水)昼、京都。天下茶屋から北浜、京阪の終点出町、叡電に乗り換え元田中到着。「てんぐ食堂」でカレーうどんといなりをいただいて、東鞍馬口通、高原通りをぷらぷらパトロール。昼すぎビックカメラの前から市バスで北大路バスターミナル、地下鉄に乗り換え今出川到着。御所を横目に一条通から元真如堂町周辺を散歩の途中、何ができて何ができないかということを考えていました。考え事や思いを巡らせることは外を歩きながらの方がいいです。室内だとできないことばかり考えてしまうから。
近頃どこを歩くか迷ったら、川、公園、スーパーマーケット、気になる喫茶店、気になる物件(住んでみたい家)、を目指します。自分の場所が一寸づつ広がってゆく感じ、一服できるところを見つけたら、人が作ったzineとか持ち歩き本を広げて紙(頁)に触れています。何かをつくることを続けていくならインプットが必要ですが、わたしはアウトプットばかりに気をとられ圧倒的インプットが足りていません。
夕方、同志社大学前のバス停から北野白梅町を目指して乗ったバスを間違え、途中下車して再びJR二条駅周辺のバス停から嵐電の北野白梅町到着。先月伺った際は臨時休業だった珈琲店「伴奏珈琲店」の戸を開けたら満席でまた残念。気をとり直して北野天満宮から流れてくる天神川沿いをぼちぼち撮影しながら、お金をかけないことも工夫しないとな、とかそれが面白いとか面白くないとかじゃなくて、いつでも使えてすぐ触れることは重要、とか云々が浮かびます。
気に入ったリーズナブルなカメラ、期限切れの古いフィルム、ボツにした印画紙、売れ残った印刷物、が目の前には一杯あります。フィルムで撮った写真が好きというより自分の気分がいい写真を見たいという欲でずっとやっているので、時代に合わせるとかスタイル(方法/プロセス)の維持とかはまるで気にしないようにしたいです。ずっと誰にも何も頼まれていないけど、なんらかの必然性がないものは終息に向かってゆくことだけは信じています。
Wednesday, May 13, 2026
......Kyoto
五月十日(日)昼すぎ、京都。 連休中、京都で気になる写真家の絵画展やイベントを観に行けなかったので、行ける時には行かなければと。地下鉄、京阪、市バスに乗って岡崎公園 ロームシアター京都・みやこめっせ前到着。『ZINE FEST 写真』(みやこめっせ地下一階)と『KYOTOGRAPHIE PHOTOBOOK FAIR』(ロームシアター三階)、写真集関連イベントが向かい合って開催されていました。どちらも来場するお客さんが出たり入ったりと大盛況。それぞれの会場では一寸違ったタイプの人、作品がたくさん並んでいました。初めて出会って反射的に第一印象イイ本買ってみました。
-ZINE FEST 写真-
・self-introduction since 1987 : softinhard / kastuhiro Tsuji
このZINEは映像的で二十頁程をめくるたびに視点が浮遊します。ぱっと見、自意識強そうに見えて、作家の自意識と無意識が生成され消失して流れていきます。表面と内面のような瞬間を切り取った写真は口数は少ないが饒舌。
・We Cannot Own Time / 困難さん(困難堂)
写真に撮ってしまえば、現実の世界も写真の世界も区別がつかない世界です。撮影し終えたフィルムをベロ出しして、再び装填、撮影を繰り返す多重露光は現実とイメージを反復していくこと。こうして自分を消すことができた都市の風景作品。
・In coming Breezes / Daisuke Washio
紙の質感、本の綴じ、物質感を指で感じるタイプのZINE。上から下へ、そして再び上へ有機物と無機物、時間と空間が再構築されていきます。曖昧で不明瞭な部分を残して、ノスタルジックにも見えるし、なんだか物語性があるみたいな不思議。
-KYOTOGRAPHIE PHOTOBOOK FAIR-
・APARTMENT SECURITY GUARD.02 / byungduck
・OBJECTS TO BE DEMOLISHED / byungduck
韓国のMAGNETIC5 BOOKS刊行の二冊。アパートの記録や建築物、解体対象物の雰囲気だけでなく、空気を感じとれます。これらの写真からは普段、街の中で見過ごしてしまう、人の観念や感情を無理なく自然に写真にしています。人は写っていないけど、人の様子や姿の向こう側を注視する作家の一貫した姿勢が気持ちイイです。
せっかくなら本は買った方がいいですね。自分自身の身銭を切らないと身にならないこともあります。本に限らず、子どもの頃レコードや洋服とかの...あの感じ、その頃も思い今も考える単純なことを思い出します。それは買うと自分に身につく感覚(思い込み)、人と同じはイヤだということ。
Thursday, April 9, 2026
Tengachaya/Ichijyoji
日曜日、昼過ぎ天気がいいので西成散歩。風もなくおだやかな天気。紀州街道沿いの天下茶屋公園(日課のリフティング場のひとつ)いつになく花見で人がたくさんいます。ベンチで桜を眺めながら人間ウォッチング。それから駅ロータリー前のヘアカット専門「MAX」(1000円)という床屋に寄って、前と横と後ろを水平に切ってもらいました。わたしのこのヘアスタイルはここ何年同じなので、チョンチョンチョン、ハイオワリーで五分とかかりません。我ながら頭に関しても安上がり。
月曜日、誕生日は晴れ。京都の藤森へ。淀屋橋駅で「米屋のおにぎり屋」おかか、昆布、玄米にぎり、紅鮭を買ってから京阪で墨染駅、そこからJR藤森駅まで墨染(すみぞめ)通りの緩やかな坂を一寸歩きます。良い名前の通り。晴れていて伏見桃山城と駅横で見つけた野菜の自動販売機(ロッカー型)で売っていたキャベツがきれいでした。
藤森駅からくいな橋へ。京都駅で地下鉄に乗り換えて、くいな橋駅到着。竹田久保町周辺をパトロール開始...屈み書房?等々チェック、鴨川にかかる水鶏橋を渡り国土交通省運輸局をバックにベンチで桜を見ながら食事(おにぎり)して一乗寺へ。
出町でチン電に乗り換え三つ目。「遠藤珈琲店」のアンプ前特等席でエチオピア珈琲とチーズケーキで誕生日おめでとう、心のこもった空間でした。「マヤルカ古書店」、「恵文社」、「萩書房」臨時休業の張り紙、イズミヤショッピングセンター三階マッサージチェア(十五分、三百円)×2してボーとしてたらもうこんな時間に。アルザス地方の料理が食べれる「アルザス」はラストオーダー時間に間に合わず残念、代わりに向かった一乗寺ラーメン街道(東大路通)の「珍遊」中華そばに甚く感動。
夜、日付が変わった時間、去年の誕生日も鴨川で桜を見たなあ云々の記憶がいろいろ浮かび、また酒をのみました。
Friday, March 27, 2026
......Kyoto
三月二十四日、昼過ぎ、京阪電車の終点 出町柳から叡山電車(チンチン電車)で三つ目、一乗寺駅到着。名物書店「恵文社」たぶん八、九年ぶりです。この街でも疏水沿い散歩。同じような行為が一寸続いています。なにを撮るかは決めず(意識して)、上手くならないことだけを考えながらぶらぶら撮影(動画も)。昔ながらの「イズヤショッピングセンター」施設全体が老朽化して風情あり、上階の無重力マッサージチェア(十五分、三百円)。隣の「阪急スクエア」で明るいペットショップの猫みて、文具店でどうぶつのり買って、ぼんやり珈琲飲んだら茶山・京都芸大駅から帰途につきました。
木曜日、いよいよ気温も上がりはじめ天気のいい別の日。また宇治の小倉駅へ。周辺をできるだけゆったり歩き駅前で中華そば。次に近鉄と京阪を乗り継ぎ、出町から叡電で一乗寺駅。二人で見るものはないか、一人で撮っていると簡単に没入できますが、二人でいると話に夢中になっています。この日も恵文社で本を触って、曼殊院道から払殿町、染殿町界隈をパトロール。
帰りしな出町柳「ふたば」の豆大福、珈琲休憩は「ミスド」。三条「アンジェ」でアルミ製クリスタルボールペン、「丸善」で砂消しゴム購入。「メディアショップ」のレンタルギャラリーと高瀬川の夜桜、ぼんやり風が吹く。ずいぶん人通りがはげしいので、ゆっくり立ち止まっていられません。なんだこうだ言っても日常を撮ってる写真だから、本を読んだり、言葉を探したり、キャパシティを広げたいです。
Wednesday, March 25, 2026
......Tengachaya/Kyoto
季節の変わり目だからか、寒いのか暖かいのか。いい作品集を眺めると、お前も一つどうだ、とそそのかすようなところがあって、本の内容と関係ないイメージがいろいろ浮かんできます。
三月二十一日、夕方六時ごろ、天下茶屋駅。写真家の脇田氏と簡単なミーティング。作品や展示の話より「いっしょになにかやることはあるか、ないのか。存在するのか、しないのか。せっかくならなにかやることはないか、なにかできたらおもしろいよね(企画)、遊びの場としての写真活動云々-」その後は歩いて近所の写真ギャラリー二等車で河合止揚氏の個展初日へ『97年中国雲南省昆明留学日記vo.2』観ました。
日曜日、午前九時ごろ、宇治の小倉周辺をウロウロ開始。これは気になる、これは興味ない、と余計なものも見えてきます。なんか歩きながらザルにかけてふるいにかけている感じ。次は近鉄電車で京都駅(観光客多さに慄く)経由、夷馬場町付近の古民家空き家地帯で立ち止まりました。アラブ系屈強男性集団がデカいバンを停めて廃墟風長屋に引越しの最中。五つの薄汚れたマットレス等を室内に乱暴な流れ作業で投げ入れる姿に「なにかのアジトかしら?」ワクワクしてきます。JR梅小路京都西駅前「志津屋」窓際席で珈琲とサンドイッチ。
夕方、地下鉄烏丸線くいな橋駅にたどり着きました。駅を出ると左手すぐ水鶏(くいな)橋を京都拘置所方面に渡り、観光地でない鴨川沿いをひたすら散歩。気分は最高…金八先生?カモ、サギを眺め......撮影した対象のディテイルや表情だけじゃなく、もっと漠然とした場における、気分というか曖昧な空気感、気配、ニュアンスが残るようなものを。ただ今現在、写真を視覚的情報だけに頼って撮っているんじゃないことがだんだんわかってきます。結構、抽象的になっていることも。ただ自分の見た視覚以外で写真を撮る要素は全然あると思っていて、視覚以外の要素を写真で表現したくなる年ごろです。はい。
Monday, March 16, 2026
……Kyoto
三月十四日(土)、昼すぎ、今週も自宅からほど遠い京都の疏水沿いを歩きました。淀屋橋駅経由で京都に行き、またある日のいつもの散歩から淡々とはじまっていくみたいに、反射的にこちらに引っかかってくるものを眺めて、スナップを撮ったり。わたしの場合、ものに寄りがちなカメラワークで、どんどん寄って足元を見てしまうのがただ今現在のスタンス。
風景に感動しても写真を撮りたくなる衝動とは必ずしも一致しませんが、いつもカメラを持ってない時ほど撮りたくなる瞬間が訪れます。うまく思い出せない夢のようになってしまうのも事実です。何かを「見た」気になっているし、空間を「感じた」つもりになっていても実際は、自分が意識して見過ごし、捨てた部分の中に、探しているものが、実はあり続けたりする経験がこれまでもある気がします。
ついつい都合のいい部分だけ切り取って、都合のいい部分に何か意味があると、思い込んでいるけど違ったりします。考え方ひとつ変えれば、捨てたり、忘れたものの中に考える何かはあるかもしれません。そのへんが感覚できないと写真を長くやっていてもつまらなくなります。結局は、何をどういいくるめようが、何らかの必然性のないものやことは終息に向かう、そのことだけはいつも信じています。一つの必然性じゃなくて、これまでの経験や身体のなかに在る、いろんな必然をベースにして。
Saturday, February 28, 2026
......Kyoto
Saturday, April 12, 2025
......Kyoto
ひとりサッカーの日課は、今月に入って実行率六、七割と云ったところ。先月は旅にも出たりでサボり気味です。最近は高尺フェンスとバックネットの在る西成高校横の西成公園でキックの練習も始めました。(全くキック力ありません…)
先週日曜、誕生日に京都へ遊びに行きました。錦市場近くの自転車屋で”Tokyo Bike"をレンタルしました。どこに行くか決めず、身体にまかせる…と云いつつ、だいたい鴨川沿いを北へ北へ向かうお決まりコースを漕いでしまうのですが、それもまたよし。と花見客あふれる鴨川べりに座ってサンドウィッチ、住宅街に逸れて古本屋、古着屋、御所でトイレ、京都グラフィー関連のギャラリー、旧ガケ書房のホホホ座、、、鴨川沿いに戻って、北山にかけての西岸沿いに腰掛け珈琲と一緒に誕生日ケーキ、そんな一日を自転車でブラブラしていました。
途中、京都の街で、とてつもなく刺激を受ける場所に偶然出会うこともあります。それは、いつも通い慣れた大阪の路上を意味もなく横に逸れたりした時に出くわすことがあるように。
いろいろな都市や町を訪れる機会はありましたが、そこを少しはずれるだけで、まだまだとんでもないものがあると云う単純な事実、そして好奇心の大切さを思い知らされます。
Tuesday, December 31, 2024
......2024
火曜、大晦日。クリスマス以降は北浜のFOLK old book storeで開催されていたスーパーハイパースぺイシーのともさんCAPをプレゼントでもらい、その後は忘年会や飲み会とかはいっさいお誘いがありませんので、まあ暇、暇でもないんですが、のんびり年末を過ごしています。
ふと、一月から順番に今年の記憶をふり返ってみても、ざっくり云えばやや迷走気味で、健康状態は割と良く充電の年だったと前向きに考えることにします。最近は、無理せず怪我せず疲れを溜めず、手の届きそうにない欲求はあきらめ、静かに暮したいと、若い頃にはこんな平穏を望む人間になるとは思っていませんでした。
今、望むことは単純に普通に暮らしていくこと、自分ができる仕事を続けて生きていくこと、以外は望んでないです。あと好きな外国の路上に一寸行けて、歩いて撮れたらいいなと思うくらいで、いつもそんな気持ちには変わりありません。
結局それしかできないから、いつかどこかで偶々でも自分の作品を観てくれる人がいたら、なるべく好きに観てくれるように(メッセージはない)、本人の意図から離れれば離れるほど面白くなっていくように、同じようなことを淡々と積み重ねていきたいです。
2024年ありがとうございました。よいお年を。
森川健人
Thursday, December 31, 2020
『2020』
大阪・西成の旅もすっかり暮らしになってきた五年目。
年明け一月中旬から台湾・基隆と香港をまわって中国の広東省へ列車で到着したころから、新型コロナにたいし、自分の思考と感情が定まらないまま、あっという間に月日が流れ去っていました。あのころ直前で行くことが出来なかったインド・コルカタ、もはや外国を気楽に旅することは出来ません。 だめな時はじっとして、読書と頭の中で世界旅行。これもまた数年後には変化しているはず。
春にはニ年ぶり十一冊目の新作『MOSQUITO PAPER』。
大阪・西成の日常で撮っているものがどんどん溜まっていくなか、大切な区切りもあり早くまとめたいと、 本が出来上がりました。このタイミングで普段「見た」気になっている空間と、「感じた」つもりになっている 写真を紡いでみた結果、今までのようにもっといろんな世界を見てみたいと思うよりも、 当たり前だと思い込んでる日常のなかに、幼いころから感じてきたような、感情や匂い、知っている姿形や違和感、みたいなものが潜んでいて、そんな光景にも焦点を合わせる必要性を感じました。
いつまでこの生活が続くかわからない、いつまでこの仕事が出来るのか、いつまで今のところに住めるのか、 どう否定しようとしても、頭のどこかでそんな意識が浮かんで過ごした一年間だったように感じます。 これからどうなるかなんてわからないけど、これまでだってわからなかった、そう考えると少し気持ちが楽になってきます。あまり先のことを考えず一年一年、休み休み、怠け怠け、どうにか来年も乗りきれたらいいです。
その日、その時、大切にすること「ひとつ」自分の中に持っていれば他の小さなことはどう変わっても、ひとまず大丈夫、 そのくらい思いたいです。そのくらいの方が楽だし、人の意見もすっと受け入れられる気がするので、その日、その時、 そういうこと。
今年もいろいろお世話になりました。来年もどうぞよろしくお願いします。
2020年12月31日 大阪の自室にて
森川健人
Saturday, January 11, 2020
Book
手渡されたのは黒布の表紙にシルバーの一本線が箔押しされた一冊。
本文には路上スナップの断片が不規則に並んでいました。
シャッターを押す瞬間を求め路上を大股で歩き進む写真家の息遣いが聞こえてくるようでした。
日常と密着する風景の一瞬、空気のような感触をよりハッキリさせたいと思う気持ち、
写真を通しての確認や試行錯誤が続いていくような一冊でした。
その流れが写真家にとっては『見る』ことに関係しているのでしょうか。
それが写真家にとっての「写真集」なのでしょうか。(「あとがき」より)



















