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Saturday, August 23, 2025

......Takehara, Hiroshima




帰省。月曜から二泊三日で広島と竹原に行って帰ってきました。

今年は一寸遅いお盆の墓参りをJRバス+広電(チンチン電車)…郷里広島では新しく駅構内から路面電車が出発するようになり、比治山下電停で降りて小高い丘(比治山)を登り放射線研究所の前の墓地に到着。汗だくで墓参りと墓掃除の後、気分爽快。付近の現代美術館とまんが図書館を移動してのんびり涼みました。

翌日は午前九時過ぎに宿を出て、広島駅から芸陽バス(かぐや姫号)+在来線(竹原〜吉名)で田舎の小舎(空家)の空気の入れ替えに向かいました。敷地内に植えた草木が(雑草も)驚く程スクスク伸び放題、 ここでも墓参り(猫のミーミ)をして気分爽快。

大阪への帰り道の吉名駅〜三原駅間の在来線の車窓からは海がよく見えます。この日は忠海から安芸幸崎間がとくにきれいでした。猛暑、この旅は暑さに負けてか?軟弱なわたしは思うように歩けませんでした。ちょこまか途中下車したい欲とひとつの場所にじっくりいたい欲は両立しません。

Tuesday, December 31, 2024

......2024

 



火曜、大晦日。クリスマス以降は北浜のFOLK old book storeで開催されていたスーパーハイパースぺイシーのともさんCAPをプレゼントでもらい、その後は忘年会や飲み会とかはいっさいお誘いがありませんので、まあ暇、暇でもないんですが、のんびり年末を過ごしています。

ふと、一月から順番に今年の記憶をふり返ってみても、ざっくり云えばやや迷走気味で、健康状態は割と良く充電の年だったと前向きに考えることにします。最近は、無理せず怪我せず疲れを溜めず、手の届きそうにない欲求はあきらめ、静かに暮したいと、若い頃にはこんな平穏を望む人間になるとは思っていませんでした。

今、望むことは単純に普通に暮らしていくこと、自分ができる仕事を続けて生きていくこと、以外は望んでないです。あと好きな外国の路上に一寸行けて、歩いて撮れたらいいなと思うくらいで、いつもそんな気持ちには変わりありません。

結局それしかできないから、いつかどこかで偶々でも自分の作品を観てくれる人がいたら、なるべく好きに観てくれるように(メッセージはない)、本人の意図から離れれば離れるほど面白くなっていくように、同じようなことを淡々と積み重ねていきたいです。

2024年ありがとうございました。よいお年を。 

森川健人

Tuesday, November 19, 2024

......Takehara,Hiroshima





日曜朝十時半、梅田からJRバスで五時間半、広島駅に向かい駅中の花屋でお供え花を買ってチンチン電車に乗って比治山へ。

あれからあっと云う間に五年が経ち、気づけばお盆と命日のこの時期はいつも墓参り。気持ちも落ち着きスッキリします。翌朝、広島で撮影をして昼からかぐや姫号と呉線に乗り継ぎ田舎の小さな古い駅へ。そこから一寸歩いて誰も居なくなった小舎の空気の入れ替えに行く、も誰に頼まれた訳でもなく、好きで続いています。


同じく、つい最近のような昔。暗室で印画紙を焼くのに、中々いい感じになりませんでした。1997年か98年くらいから20年は続いてきたこう云う作業が実は向いてなかったのかと、遅ればせながら軽く病みました。それで少し前「よし、じゃあこれ、やめよう」と、最終的にはインクジェットにして、精神的にも(経済的にも)負担が少ない方法に変えてみました。

だけどインクジェットでプリントした写真は滑らかで表面的な感じがして、もっとゴツゴツした物質感が欲しくなります。撮影自体はずっと変わらずフィルムで、写真の撮り方も相変わらずファインダーをよく見て撮っているのではなく、出会った瞬間いきなりシャッターを1コマ何度も重ねて押すような撮り方です。スキャンするフィルムは暗室作業の際に水を通って、現像ミス的なものの上に乗っかる粒子とスレやキズや汚れ、水滴まで意識的に残すようになりました。

より物質的に写真に接触するよう、手垢のついた複数のフィルムは、幻影でなく具体的でリアルな実物感を強調することで、かえって抽象度が高まっていくような感じがしています。抽象と具象の逆転した見え方や、考え方に興味を持つようになりました。フィルムを使って記録したイメージとそれを妨げる要素としてのノイズは、一見具体的っぽくも抽象的な要素がある、こんな不思議なバランスがおもしろくて続いています。