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Thursday, December 4, 2025
……Tokyo #2
Wednesday, December 3, 2025
......Tokyo #1
まず最初、ひさかたぶり恵比寿の東京都写真美術館へ『作家の現在 これまでとこれから』。展示場は石内都、志賀理江子、金村修、藤岡亜弥、川田喜久治、と五人の展示に区切られ、約100点もの作品群で埋め尽くされていました。一点ずつじっくりと時間をかけて、とはいかなかったけど、できるだけ集中して会場を歩きました。極力先入観や偏見に足を取られないように、ニュートラルな目線の先、こちらにひっかかってくるものは、、、なんて、はじめは考えながら、やっぱり特定の作家の展示の前で足が止まります。
藤岡亜弥氏の展示、近年大阪のニコンサロンや奈良の写真美術館で観たとき同様、人物、静物、光景、対象を具象的に写したものがびっしり並び、ハッとさせられるカットもあり撮り方がすごく上手いと思います。それは、特徴の一つですが、本当の魅力は、日常の中に潜む謎、普通の人の不思議さ…バラけていた点と点がつながっていくコラージュみたいな面白さがあります。また作品鑑賞が進むにつれ至近距離にブラ下がる、先日亡くなられた、地元(広島)の路上の伝説にして「存在自体がアート」だった広島太郎さんの数点のポートレート(ばかり)に、どうしても焦点があってしまう、もどかしい感覚も抱きました。
金村修氏の作品、二十八年前、初めて四谷三丁目の写真専門ギャラリー Mole(モール) に訪れた折、一階(写真集販売店)レジ後ろの壁に貼ってあった一点のランドスケープのプリント作品を観たときから、一瞬で何か来るものを感じ、「同じものが自分の中にもある」って感じで、全くおこがましいのですが、得意の思い込みを発動させ、その後もずっと影響を受けています。私にとって教科書みたいな存在。今、目の前に並ぶ多くの作品(プリント、映像、コラージュ、ドローイング)は、あの時からずっとつながって、それらが明らかに違和感を覚えることなくじっくり突きつけられた、そんな思いになりました。
(つづく……)
Sunday, November 16, 2025
......Tokyo
Sunday, November 9, 2025
......Nihonbashi,Tokyo
忘れかけの記憶というか、消えていく夢というか、たとえば被写体をうまく写すことも重要ですが、わたしはずっとそこに在るかのような空気に、反応することの方が大事です。
二眼レフの正方形ファインダーを覗きながら、近くで見ているのに遠い印象、鮮明だけどおぼろげな光景、そういったものを写し撮ることができるなら、それは原型をとどめない程にシャッターを切る多重露光ではないかと繰り返しました。
考えてみると、対象となる傷や錆や罅、黴、擦れ、汚れ、剥げ、染み、凹み、不気味な痕跡、不思議な実在感、ボロい色の隙間と奥行きの空間、虚ろに見えるのも、ある感情が湧きおこり枯れていった、余韻なのかもしれません。
撮影した色々な年代の色々なメーカーのフィルムを、現像のプロセスでモノクロもカラーもネガもポジも全てをいかに混ぜるか、バリエーションが安定しないように、同じ結果にならないように、失敗も含め曖昧なイメージを写真にしたいと単純に思います。
また写真はイメージであって物質でもあります。乾燥したフィルム同士を詰め込んで、漂白し擦って剥がし溶け出し混じり合って浮かび上がる現象は、前後、左右、上下、表もあって裏もあります。それが写真の面白さでデジタルデータに変換しました。
そこには写真をデータ化する過程で、変化する瞬間、変化しつつ凝固したと考えるしかないと、同時にそれは自意識の変化も生じるべきものです。そう簡単に自意識や無意識はコントロールできませんが、そういった意識の変化の上で、また一枚の写真に向きあう時、確かにリアルに在ったあの空気が、何か、幻を見せられているようで、そわそわします。
森川健人
11日(火)から東京・日本橋茅場町のレクトヴァーソギャラリーにて。お近くにお越しの際は是非ご高覧ください。
【展示内容/インクジェットプリント、カラー】
Tuesday, December 31, 2024
......2024
火曜、大晦日。クリスマス以降は北浜のFOLK old book storeで開催されていたスーパーハイパースぺイシーのともさんCAPをプレゼントでもらい、その後は忘年会や飲み会とかはいっさいお誘いがありませんので、まあ暇、暇でもないんですが、のんびり年末を過ごしています。
ふと、一月から順番に今年の記憶をふり返ってみても、ざっくり云えばやや迷走気味で、健康状態は割と良く充電の年だったと前向きに考えることにします。最近は、無理せず怪我せず疲れを溜めず、手の届きそうにない欲求はあきらめ、静かに暮したいと、若い頃にはこんな平穏を望む人間になるとは思っていませんでした。
今、望むことは単純に普通に暮らしていくこと、自分ができる仕事を続けて生きていくこと、以外は望んでないです。あと好きな外国の路上に一寸行けて、歩いて撮れたらいいなと思うくらいで、いつもそんな気持ちには変わりありません。
結局それしかできないから、いつかどこかで偶々でも自分の作品を観てくれる人がいたら、なるべく好きに観てくれるように(メッセージはない)、本人の意図から離れれば離れるほど面白くなっていくように、同じようなことを淡々と積み重ねていきたいです。
2024年ありがとうございました。よいお年を。
森川健人
Sunday, December 1, 2024
......Nihonbashi,Tokyo
Art photograph group show (2024 November)に参加しました。ありがとうございました。
今回展示した新しいシリーズ"the versions"は観る人が題名に引っ張られることがないように、出来るだけフラットな言葉でなるべく具体的な情報を入れないようにこのタイトルにしました。観る人がどう考えるかが今の自分にとっては重要だと思っているからそうしました。
なんで自分自身そう云うことをしているのかは説明出来なくても、明らかにモチベーションがあってやっている感じです。自分が面白いと思っていて、コレが写真かどうかはわからなくなる時があり、自分でもわからないってところがすごく重要で大事だと思っています。
わからないことは面白いことなので、繰り返し歩いたり撮ったり、わたし自身もわからなくてやっていることが、いつかわかって説明が出来るようになると、そこでモチベーションがなくなりそうです。なので方法とか過程の説明は出来ても「わたしの作品はこうなんです」って説明は出来なくて、結局説明出来ないから写真にしています。
森川健人
I participated in the Art photography group show (November 2024). Thank you very much.
The new series "the versions" that I exhibited this time is clearly motivated, even if I can't explain why I do it.
I find it interesting, and there are times when I don't know if it's a photograph, and I think it's very important and valuable that I don't know myself.
Not understanding is interesting, so when I walk and take pictures over and over again, and one day I understand and can explain what I'm doing without even understanding it, I think my motivation will disappear. So even if I can explain the method or process, I can't say "this is what my work is like," and in the end, I take photographs because I can't explain it.
Kento Morikawa
Friday, November 22, 2024
……Tokyo
『the versions』(2024)
展示作品について、このシリーズはまず撮影によってイメージをつくることからはじめました。
時々歩く故郷の土地や、現在暮す町の界隈、偶然歩いた旅のどこかでも、カメラを手に目を凝らせば、あらゆる場所にずっとそこに在るかのようなキズやサビ、ヒビ、スレ、ズレ、ヨゴレ、シミ、ヘコミ、アタリ、カケ、ハガレ、メクレ、様々な放置された痕跡とボロい色の隙間に身体が反応して写真のスイッチが入ります。
それら大半は誰にも気づかれることなく、無関心と時間の中に生じたロスやエラーやノイズとして世界から消えていきます。偶然、わたしはその瞬間、フィルムを使ってイメージを定着したいと写真衝動に駆られます。ひとつのことが別の何かにつながってゆく感じです。
今回のアブストラクトシリーズでは、イメージを抽象化する要素になる撮影においての曖昧な記録性と、コントロールしきれないまま浮かび上がってくるフィルムの物質的現象としての作品を提示したいと思います。
森川健人
Saturday, December 2, 2023
......Tokyo
Monday, November 27, 2023
......Nihonbashi, Tokyo
Sunday, December 18, 2022
......Tokyo
Monday, December 12, 2022
……Nihonbashi,Tokyo
◾️ 展示のお知らせ
Thursday, July 21, 2022
......Nishinari,Osaka
Tuesday, January 4, 2022
......Nishinari,Osaka
この正月は韓国焼酎やマッコリを飲みながら、レコードを聴いたり、いろいろな写真家の写真集を眺めたりと、だらだらテレビのスポーツ中継を見ていると、ふと子供のころ夢中だったサッカーを想いました。
たしか四、五歳の頃だったと思います。家では図鑑(昆虫、恐竜、爬虫類、)名鑑(プロレス、プロ野球)見ながら落書きばかりの、ひとり遊びしかしない幼稚園児の私を母は見かねて(?)年中組から近所に在ったサッカー教室(YMCA)に嫌々(?)連れていかれました。
通い始めたらすぐ謎にのめり込み、だんだんと落書きは減り、他の習い事も勉強(もちろん)せず、ずっとサッカーだけは夢中でした。それから約十年経ち…中学三年(十五歳)の冬、東京読売ランドの読売クラブ(現ヴェルディ)と山手線巣鴨駅近くの三菱養和という、二つのクラブチームのセレクションを受けにいっていました。結果は読ク不合格、養和合格。運動神経も根性もないのに勘違い、十六歳で上京したけど、全くモノになりませんでした。
思い返せば、幼稚園から高校三年までずっとウインガー。サイドにポツんと張ってスぺースに走るのが好きでした。蹴られたボール(パス)に向かってタッチライン沿いを“かけっこ”、相手を引き出し逆をとったり、どうやったら早く仕掛けれるか、逃げるようにマークをズラして、スぺースを使う動きをしたり、相手との距離、味方との距離、距離感と間合いが重要...って、そんなの理想的な話、
実際はしょっちゅう、トラップ寸前パスカット、オフサイドにもよく引っかかり、ヘディング滅茶糞下手、やるせない感触、挫折感、そもそもわたし根が団体競技(行動)まったく苦手でして、、そんな少年時代の話し、今夢中で想い返すおじさん、何か怖い気がしてきましたので、以上です、おしまい。
Thursday, December 31, 2020
『2020』
大阪・西成の旅もすっかり暮らしになってきた五年目。
年明け一月中旬から台湾・基隆と香港をまわって中国の広東省へ列車で到着したころから、新型コロナにたいし、自分の思考と感情が定まらないまま、あっという間に月日が流れ去っていました。あのころ直前で行くことが出来なかったインド・コルカタ、もはや外国を気楽に旅することは出来ません。 だめな時はじっとして、読書と頭の中で世界旅行。これもまた数年後には変化しているはず。
春にはニ年ぶり十一冊目の新作『MOSQUITO PAPER』。
大阪・西成の日常で撮っているものがどんどん溜まっていくなか、大切な区切りもあり早くまとめたいと、 本が出来上がりました。このタイミングで普段「見た」気になっている空間と、「感じた」つもりになっている 写真を紡いでみた結果、今までのようにもっといろんな世界を見てみたいと思うよりも、 当たり前だと思い込んでる日常のなかに、幼いころから感じてきたような、感情や匂い、知っている姿形や違和感、みたいなものが潜んでいて、そんな光景にも焦点を合わせる必要性を感じました。
いつまでこの生活が続くかわからない、いつまでこの仕事が出来るのか、いつまで今のところに住めるのか、 どう否定しようとしても、頭のどこかでそんな意識が浮かんで過ごした一年間だったように感じます。 これからどうなるかなんてわからないけど、これまでだってわからなかった、そう考えると少し気持ちが楽になってきます。あまり先のことを考えず一年一年、休み休み、怠け怠け、どうにか来年も乗りきれたらいいです。
その日、その時、大切にすること「ひとつ」自分の中に持っていれば他の小さなことはどう変わっても、ひとまず大丈夫、 そのくらい思いたいです。そのくらいの方が楽だし、人の意見もすっと受け入れられる気がするので、その日、その時、 そういうこと。
今年もいろいろお世話になりました。来年もどうぞよろしくお願いします。
2020年12月31日 大阪の自室にて
森川健人
Saturday, January 11, 2020
Book
手渡されたのは黒布の表紙にシルバーの一本線が箔押しされた一冊。
本文には路上スナップの断片が不規則に並んでいました。
シャッターを押す瞬間を求め路上を大股で歩き進む写真家の息遣いが聞こえてくるようでした。
日常と密着する風景の一瞬、空気のような感触をよりハッキリさせたいと思う気持ち、
写真を通しての確認や試行錯誤が続いていくような一冊でした。
その流れが写真家にとっては『見る』ことに関係しているのでしょうか。
それが写真家にとっての「写真集」なのでしょうか。(「あとがき」より)
Wednesday, April 3, 2019
Art photograph group show
4名の作品が一挙に展示された、見ごたえのあるおもしろい空間になっていました。



































