年末年始は帰省せず。 買い出しに難波のデパ地下に行ったら人があふれていたので、諦め近所のスーパーへ。多くの人が集まる時間や場所をすぐズラそうとします。極力、他人といっしょに行動しない、そういう生活習慣がしみついています。
この正月は韓国焼酎やマッコリを飲みながら、レコードを聴いたり、いろいろな写真家の写真集を眺めたりと、だらだらテレビのスポーツ中継を見ていると、ふと子供のころ夢中だったサッカーを想いました。
たしか四、五歳の頃だったと思います。家では図鑑(昆虫、恐竜、爬虫類、)名鑑(プロレス、プロ野球)見ながら落書きばかりの、ひとり遊びしかしない幼稚園児の私を母は見かねて(?)年中組から近所に在ったサッカー教室(YMCA)に嫌々(?)連れていかれました。
通い始めたらすぐ謎にのめり込み、だんだんと落書きは減り、他の習い事も勉強(もちろん)せず、ずっとサッカーだけは夢中でした。それから約十年経ち…中学三年(十五歳)の冬、東京読売ランドの読売クラブ(現ヴェルディ)と山手線巣鴨駅近くの三菱養和という、二つのクラブチームのセレクションを受けにいっていました。結果は読ク不合格、養和合格。運動神経も根性もないのに勘違い、十六歳で上京したけど、全くモノになりませんでした。
思い返せば、幼稚園から高校三年までずっとウインガー。サイドにポツんと張ってスぺースに走るのが好きでした。蹴られたボール(パス)に向かってタッチライン沿いを“かけっこ”、相手を引き出し逆をとったり、どうやったら早く仕掛けれるか、逃げるようにマークをズラして、スぺースを使う動きをしたり、相手との距離、味方との距離、距離感と間合いが重要...って、そんなの理想的な話、
実際はしょっちゅう、トラップ寸前パスカット、オフサイドにもよく引っかかり、ヘディング滅茶糞下手、やるせない感触、挫折感、そもそもわたし根が団体競技(行動)まったく苦手でして、、そんな少年時代の話し、今夢中で想い返すおじさん、何か怖い気がしてきましたので、以上です、おしまい。