七月二日(水)から名古屋に行ってきました。思い返すと名古屋は約三十年ぶりでした。記憶では京都に住んでいた十代最後の年、当時暮らした上賀茂のアパートからバスと電車を乗り継ぎ、栄に在ったクラブまで竹村延和のDJを聴くためだけに訪れたトンボ帰り以来です。
今回の旅(誕生会も兼ねているが)は難波から初めて近鉄特急の火の鳥に乗りました。せっかく三〇年ぶりに来たんだから、いろいろなところに行ってみたい、歩いてみたいと思っても、夏の陽差しと空気。動き回る体力がない、と怠ける言い訳か、そうはならないのが現実です。
ただ名古屋駅前のホテルのチェックイン前に撮影しに行った、ブラジル団地(九番団地)は印象的で、たとえば建物や壁、路面や看板やブラジル人、、、偶然、見慣れたような光景、なんでもいいです。ふとしたタイミングでそれらに接するとき、ぺタっと吸い付くような感触を覚えました。
この撮影してからの写真も、これからフィルム現像の過程で、露出不足、白飛び、現像ムラ、定着不足、水洗不足、画面上の傷、ホコリ、ベコベコにうねったフィルムを直接手で触りながら、決めていく感じです。ある程度の決まったプロセスはありますが、結局何をどう云いくるめようが、なんらかの必然性のない「もの」や「こと」は終息に向かっていきます。そのことだけはずっと信じられます。