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Sunday, July 7, 2024

......Tsuruhashi,Osaka

 


木曜昼、大阪気温三十五度、連日猛暑日。梅田で待ち合わせして鶴橋に移動し、サムギョプサルで誕生日おめでとう。マッコリでしめました。

土曜、普段は日常のどうでもいいようなことの積み重ねで、散歩して撮影して家事をして仕事してという、一日をくりかえします。十代のはじめ頃「人は頭より足から衰える」と鉄人(アマチュアマラソンランナー/トライアスロン選手)の祖父に教えられたことをふと思い出します。今もけっこう記憶に刻まれています。

記憶していることの理由は、なぜ今まで忘れずにいるのか、それを考え出すとキリがありません。何十年前の自分と現在の自分、昨日の自分と今日の自分、自分のことを云いだすと、矛盾がでてきます。様々な矛盾があるにせよ、昨日写したフィルムを眺めつつ、とりとめなく共通点を思い浮かべます…イメージの堆積、キズ、シミ、放置、不要物、雑多、変色、消耗、、こんなような言葉が浮かんでは消えていきます。ボロければなんでもいいと云う訳ではありません。反射的にカッコいいと感じるボロには心がとろける思いがします。生理的な感覚と云えばそれまでですが、その感覚は、ずっと自分の中に在ります。そして撮影を重ねて新たに生まれたカタチがリズムとなって、自分の認識はこれくらいまで変えられるのかとも思い始めました。

わたしの場合、観察や状況を客観的に見定めることとは違うので、写真を撮りたくなる行為、無性に作りたくなる衝動を大切にしたいのです。好き嫌いを越えたところで、その気にさせられる扉、壁や柱の質感は云うまでもなく、ポスターのはがれ具合、看板の傾き、電線のたるみ具合、ビニールシートは薄汚れた透明とブルー、路上の植物と寝ころぶオジサンの身体、通りすがる男の後頭部、錆びたトタン屋根とまったくほったらかしでグッとくる経年感たち、そんな光(影)のカタチ(リズム)を捕獲したら「早く室に走って帰って、現像してやるぞ!」とモチベーションが上がり、気力と体力に合わせた生活につながっていきます。