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Monday, August 10, 2026

......Hiroshima

 





八月六日(木) 八時十五分、家のTVを何ヶ月ぶりかにつけました。中継の鐘の音を聴きながら黙祷。平和を祈ります。今年もこども代表の「もしも大切なものが一瞬で消えてしまったら、どんな気持ちになるのでしょう……当たり前の日常がうばわれ…」小学生二人の平和への誓いが一番心に響きます。(首相挨拶は全く響きませんが)毎年この日を迎えると色々な年の八月六日を迎えた時の気持ちを思い出し、もう一度感謝の気持ちになって、日々課題に取り組みたいとおもいます。


八月七日(金)、午前十時過ぎ大阪駅から新幹線さくら、広島駅着。都合により今年は例年より一週間早いお盆の墓参り。駅北口(新幹線口)一階広場でフワフワ、モコモコの鮮やかな濃赤と紫のケイトウの花を四本、継いでJR改札前花屋さんで紅色スプレーマム(菊)二本購入。駅前福屋百貨店「ちから」で中華そば、しそ昆布むすび。

そのあと涼みに、同じ建物八階〜十階に今春移転オープンしたという「広島中央図書館」「広島映像文化ライブラリー」「広島郷土資料館」にいってみました。想像以上に立派で広くて心地よい空間は入り浸りそうになります。取りあえず開架図書の芸術 / 写真集の棚から見ていくと、アレ?見覚えのある背表紙...下部に【K748 もり ル】のラベル貼られた『MOSQUITO PAPER / KENTO MORIKAWA』発見!初めて知りました。思わずニンマリ(誰が送ってくれたのでしょうか)開架図書に並ぶとさすがに嬉しいです。

夕方、若干涼しくなった陽が沈む前、広島駅からチンチン電車(広電)に乗って比治山下電停下車。花を抱えて緩やかな丘をゆっくり登りはじめると、毎度おなじみ聴こえてくるカラスの大合唱。そんな瞬間は決まって浮かぶ…三百六十五日毎日全身黒ずくめだった生前の母の姿...

思えば、カラス好きだった彼女の"黒い"カラスのピンズやピアス。私が物心つく幼少期の頃から、朝起きると井上陽水みたいな度入りのサングラスと天パー(本人ベットルームヘヤと呼んでいた)寝癖姿で台所に立ち。外出時は舘ひろしバリのデカくて黒いグラサン(中年以降アラーキみたいな丸いグラサン)をかけて、デップで固めたオールバック(往年ベレー帽かニットキャプ)にセット、冬は黒革ジャン夏は黒長袖シャツに、黒ワイドパンツ(中年以降迷彩パンツ)で、一年中ドクターマーチン(中年以降ジョージコックス)のラバーソールを履いていました。それは「文楽の黒子のように私も黒になって花を動かしたい」。サングラスは「空と木がきれいに見えて、元気になれる」から。だそうで、一見こわそうな、素顔はとてもピュアな謎の花屋さんでした。

日用品も黒は徹底的で、当時(四〇年以上前)どこで買っていたのか不明のタオル(バス、ハンド、マット)、ハンカチ、雑巾、寝間着、ゴミ箱、ティッシュ箱、カーテン、布団、毛布、、、白物家電も全部黒で。おまけに靴下、下着、共に家族みんな全て黒。もちろん思春期の私は反発、それでも我が家のベランダで結局なびくオールブラックス(洗濯物)。ちなみに私の小学生の頃体育の着替え時間のあだ名は"男優"黒ブリーフ姿の少年時代のほろ苦い記憶。


ずっとカラスの合唱を背中にしっかり汗もかき、放射線研究所横の墓地に到着。崖の端の墓を手早く掃除、花立の水を入れ替え"赤っぽい“花たちを供え、手を合わせて清々しい気分でまた比治山の丘を下る頃には、夕日が沈みかけた空、気持ちカラスの合唱が大人しくなったように感じました。

(......続く)