Monday, March 2, 2020

The Works of Kento Morikawa-11,Osaka/Nishinari

 ●写真集情報

 


眼を動かす動作と一緒に浮かび、壁を見ている時や空や天井を見上げた時にも自覚する。
昭和50年代、地元広島の流川界隈で幼少期を過ごした、あの頃からどこへ行っても視線を動かすと、蚊みたいな糸くずみたいな形が視界内で追いかけてきた。
 
往時、流川界隈の薬研堀通り沿いに在ったキャバレー「ロンドン」の正面から向かって右に精肉店、生花店、文房具店、飲食店…と立ち並ぶ一角の生花店の上で小学3年生まで家族と暮らしていた。今も辛うじて残る流川通り沿いの生花店が嘗ての祖父母宅で、隣筋、薬研堀通りの実家跡ともども現在は飲食店や風俗店の無料案内所に代変わりした。しばらくはこの周辺にあったいくつかの見慣れた建物も、いつの間にか沢山のコインパーキングやコンビニになっている。馴染みの銭湯「あずま温泉」はもうだいぶ前にクラブ(踊るほう)に様変わりした。
 
振り返って思えば、朝玄関のシャッターを開けると目の前で横たわるおじさん、ふらつく酔っぱらい、道端の嘔吐物を避けながら登校する通学路、ゴミ収集車の清掃員の作業服、下校途中に寄り道しながら迷い込む謎のトイレ、夕方ひとりで行く「あずま温泉」の湯船の中から眺めた大人の姿、水前寺清子のポスターと広島カープのカレンダー、スタンドから漏れるカラオケの騒音、キャバレー「ロンドン」の呼び込みと客のせめぎ合い、その隣「エモリ化粧品店」のバックヤード、裏にはトルコ街の派手な看板と暗い路地、赤レンガの「新天地公園」はブルーシート・ダンボールハウス、コンビ二「ポプラ」の長老(ホームレス)、万引きしたスーパー「イズミ」のビニール袋、中学生に恐喝された雑居ビル、怖いものに引き寄せられ、それがおもしろさへと転じた、相反する感情、一生懸命走って夢中で遊んだ遠い記憶、その時見ていた光景はいまだ自分の中におぼろげに貼り付いる。
 
それらは、現在暮らす大阪の街をふらっと歩きながら写す時、そこで何かを見た拍子にゆっくりと反応し始め、記憶に繋がっていくような、そんな、当時経験した地元の感覚や、すっかり忘れてしまった夢みたいな一瞬、すでに記憶からすっ飛んでしまっているディテイルが蘇ってくるような感じがする。もちろんそれは、自分が生まれた広島の流川界隈の規模から何からまるで違う、むしろ似ても似つかわない程の雰囲気だけど、自分の記憶の中だけの相似が、これからも歩く写真の撮影地としては、何か打ってつけで必要なひとつの場所になった。
 
大阪・西成の旅もすっかり日常になって4年が経つ。毎日路上で何気なく出会う質感や匂い、重さみたいな何かが、日々の中の感覚的な断片や糸口のようなものと混ざって、好き嫌いを超えたところで、簡単に素通りできない光景や、感情と矛盾するような行為へと駆り立てられるのは、往時の空気感や匂い、たたずまいが無意識(意識的)に蘇って、勝手に置き換え、重ねて見たい欲望が、僕にとっての写真なのかもしれない、と時々こんなことを思う。
そして突然何かを落としたような気持になり、どこかでいつの間にか変化していったことを意識する。その地点を確認するためにもう一度スタート付近に戻ろうとするが、二度と引き換えせないことに気づく。
 
 
気にしなければ気にならないし、気になりだすと気が気でない、細くうごめく点のような先、奇妙でせわしなく動く蚊の足みたいな薄い影は、今も僕の眼の中で動き回っている。(「あとがき」より)